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最新号
トレーバー著
もみじ著
まッさん著



【最新号】
《怖い》
私の恐い物は雷と人。雷は少年時代の経験によるもの。いわゆるトラウマ。このトラウマは私が中学生のときの学校からの帰り道での経験による。その日、私は一人自転車をこぎ自宅を目指していた。すると、にわかに雨雲が・・・。『そろそろ、降ってくるかな?』と空を見上げて思った瞬間、『ガガーン!!!』という轟音とともに稲妻が空全体を横切った。目眩がするほどの閃光。それまで音一つしていなかったのに・・・。雷の不意打ちに自転車に乗っていた私は思わずよろけてしまった。この時以来、『雷はいつ、どこで俺をめがけて落ちてくるか分からん』という情報がわたしの危険回避の記憶回路にインプットされている。今では黒い雲が接近して来ただけでそこから逃げ出したくなるほど強烈に・・・。

そして、人。これはホンの数日前の話。夜更けに自転車で走っていると知らないお兄さんが前を歩いているのに気がついた。追い越す際、すぐ横を通ると彼は笑顔で私を見つめている。暗闇でもそうとわかる満面の笑みで・・・。『知り合いかな?』とも思ったが、そうでもない。そして、彼を追い越して2メートルほど走った瞬間、大きな声で『こんばんわ!』と挨拶された。彼の“間”が怖い。なぜ通り過ぎる時じゃなかったのか?チョットしたタイミングのずれが恐怖を生んだのである。

そう言えば、先日の台風18号が宮島を襲った翌日、“厳島神社崩壊”のニュースの影響による野次馬であろうか?フェリーに満員の観光客が宮島に押し寄せていた。台風の後始末に宮島がてんやわんやの時に宮島を訪れた彼らの顔は最高の笑顔であった。しかし、『珍しい物を見てきた』という彼らの笑顔もまた、それを見てしまった私にとって“間”が悪いものであった。
(トレーバー、1999年10月11日)


【トレーバー著】
《未だ海に出られず・・・》
宮島に移り住んで2回目の夏が終わった。しかし、膝から下を宮島の海につけたことは一度も無い。別に私はかなづちでもないし、海が嫌いでもない。それどころか、30代で必ずサーファーデビューしてやろうと思っているほど海が好きだ。そして、“海から5分”の所に住んでいる。忙しいとの言い訳も立つが、2年間一度も泳げないほど多忙な人間がこの世にいるとは思えない。

それでは一体、海が好きな私が海に出ない理由は何なのか?あるとき、鏡に2年間海に出ていない男の体を移してみた。『うわ!腹が出てる。それも恥ずかしいほどに!』私は潜在的に、締りの無くなった自分の体を人前に晒す事を拒否していた様である。しかしながら、私はまだ海の男としての美意識を残しているわけだ。それならば、まだ海に帰れる可能性が私には残されている。そうだ!来年には海に出よう!海の男として。

色々書いて、訳が分からなくなってしまったが、結論だけは書いておきたい。“現在、僕はダイエット中。”来る2000年夏、海に出るために。
(トレーバー、1999年9月5日)

《愛犬ナナ》
最近、我が家の愛犬ナナ(メス)がお年頃になったようで妙に気難しい。今まで、散歩に行く時はツナにつながなくても必ず私の足元を離れずについてきたのにこのところ、ちょっと機嫌を損ねるとそのまま山の中に走り去ってしまう。

彼女は人間でいえば15才ぐらい、人間の男には理解しがたい年齢に差し掛かったようだ。例えば、彼女の趣味は、宮島育ちらしく、“鹿を追いかけること”。これが飼い主としては冷や汗もので、周りの状況などお構いなしに鹿の群れに突っ込んでいく。びっくりした鹿は慌てて四方八方に散って行く。この時、10頭ほどの群れが車が走っている道路を横切ったり、大きな角を持った奴が人の横をすり抜けたりと、この騒動を引き起こした彼女の保護者としては目を覆いたくなる状況。

保護者である私は当然、ストレス発散して帰ってくる彼女を叱り付ける(こっちがドキッとさせられた怒りがあるのでかなり感情的)。そして、彼女は反省して私の後を申し訳なさそうについてくる。しかし、それも彼女が人間でいえば、10才前後ぐらいまでの話。今となっては大人になりつつある彼女は同じ状況で怒っている私に気がつくと、また、鹿を追いかけ山の中に走り去っていく。そしてお腹が空くまで帰って来ない。

残される私の考える事は『鹿ならまだしも、もしかしてどこかのオスの野良犬に!!!』などしょーもない勘繰り。そういえば昔、私の父親が高校生だった姉相手に必要以上に取り乱していた。なんか、その気持ちも分かる気がする。でも、鹿さえいなければこんなことも無かったかもしれない。これも宮島在住故の悩みなのであろうか?
(トレーバー、1999年5月2日)

《宮島在住》
“宮島に住んでいるんです”と言うと大抵の人は“いいとこ住んでるネー、だけど、不便じゃナイ?”と、たずね返してくる。初対面の人との会話では必ず展開されるこのやり取り、最近ではさすがに辟易(へきえき)としてきた。果たして宮島とは“いいとこ”で“不便”な所なのだろうか?

世界遺産があって、日本三景の肩書きがあるだけに観光地としては日本国内でも超一流、普通に生活していれば一日一回必ず観光客とすれ違う。名物のカキやアナゴも美味しい季節になったら必ず食べている、しかし、日常の食品に関しては若干の割高になるかも…。いろんなホテルや旅館があるし飲食店も通りにずらっと軒を連ねている、だけど、コンビニは一軒も無い。広島市内に出ようと思えば、まずフェリーに10分揺られてから。でも、暇な時は自分の家の前の桟橋に出て釣り糸を垂れればアジやチヌも釣れる、瀬戸の小魚と言われるだけあって簡単に釣れた物でも食べるとけっこう美味しい。暖かくなれば潮干狩りにも出る事が出来る。

こんな日常を過ごすことが筆者の場合、宮島に家を持ち,生活すると言うこと。これが“いいとこ”で“不便”なのかは日常だけに判断不可能。
(トレーバー、1999年2月1日)

《世紀末》
世界の破滅が予言されている1999年がついにやって来て世紀末も本番。世の中の不況も相変わらず、僕のお財布に居座る不況も相変わらずで一向に出口は見えない。挙句の果てにビル君はまるで思い付きでもしたかのように火種の資格十分なイスラム国家に爆撃を開始した。

最近、流行ったドラマを通じてある脚本家が「その預言は“自分が決して立ち合えない未来に生きる子孫達への嫉妬”から生まれた老婆心の塊である」……等々、否定的な想像からその預言者の影を抹殺しようとしていたのだが、こんな事がトレンディードラマのテーマになる事自体、人々の深層心理に例の予言が根付いていることを表している。“人は無意識に深層心理に従って行動する”という心理学上の常識から考えれば、国民誰もがこの予言の存在を知っている日本という国家にはもしかしたら1999年7の月何かが起こるのかもしれない。僕はその時、何かが起こってもオロオロしない様に心構えだけはしておく。

過去2ヶ月、"宮島で起きたしょーも無いこと"を綴ってきたコラムが何故いきなりこんなワールドワイドな展開には発展しているのかと疑問をもたれる方もいるかもしれない……。

理由は簡単。たった3ヶ月で私のコラムは最終回を迎えてしまった。「このご時世に何をノホホンとした事を書いているんやー」という編集長の鶴の一声ですべては決まった。くやしかったので、最終回だけはカッコよく決めてみた。ただし、今月のコラムの内容は決してヤケッパチで書いた物ではないので悪しからず。1999年7の月に何かが起こるのか?起こらないのか?。僕は例え、核戦争が起こっても焼け残るであろう“神の島”宮島でノホホンと事の成り行きを見守りたいと思う。
(トレーバー、1999年1月5日)

《行列》
"なんやこれ!、ごっついヒトや!!!"それまで宮島ではほとんど見たことがなかった人の列、そして列、列、列……。11月に入ってからは宮島桟橋は観光客でごった返している。11月半ば、私もこの列に並ぶことがあった。

前に並んでいるのはおじいちゃん、その前はおばあちゃん、そして、その前はおじいちゃん。おじいちゃん、おばあちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、……その列は果てしなく続いている。その日は午後から約束があって12時ちょうどの船には乗らなければならず、混雑を見越して30分早く桟橋に来たのに、時間は既に11時50分。列に並んでから行ってしまった船は2本ほど……。しかし、その列が動く気配は一向にない。12時の船に乗らなければ遅刻が決定の私はさすがにいらつき始めた。

そして、その12時の船が出る1分26秒ほど前、後ろから歩いてきたおじいちゃんが私の前のおじいちゃんに話しかけた。「すまんの〜、鹿にカメラを取られて追っかけていたら、みんなとはぐれてしもうた〜」それを聞いた前のおじいちゃんは「添乗員さんや〜、健さんが戻ってきたぞ〜」と列の前の方に向かって大きな声。すると、添乗員さんが近くに来て「も〜、おじいちゃん心配したんですよ〜。」そして私の列の前に並んでいた人達に向けて「みなさ〜ん、健さんが帰ってきたので出発しま〜す。あら、でも12時のはもう間に合いませんから次のにしますね〜」

慌てて乗り場入り口に走ったが間に合わず。遅刻決定。よく考えれば私の後ろには誰も並ばないのでおかしいとは思っていたが……。

こじつけかもしれないが、日本人の旅行の在り方に疑問を感じる今日この頃……。
(トレーバー、1999年12月3日)

《宮島Zoo》
大阪から宮島に移り住んではや1年、28才のおっちゃんになりかけの兄ちゃん、いや、"お兄ちゃん"と呼ばれる事に未練が残るおっちゃんが宮島で経験したことを徒然なるままに記すコラムがいつ終わるとも分からぬままスタートするらしい……。

それは1ヶ月ほど前の満月の夜、私が自転車で何もない山道を"キーコラ、キーコラ"家路を急いでいると"ガッ、ガッ、ガッ、"という音を立てて何物かが迫ってきたのである。"まずい襲われる!"と、とっさに振り返るとそれは目の周りを真っ黒に塗られた"かわいいパンダ"じゃなくて"薄汚れたタヌキ"。そして、それを追って"白銀の狼"ではなく"白いワンちゃん"が通りぬけた。

「のどかだァー」とそれまでの恐怖を忘れて感慨に耽っていると、その2頭が向かう先には"立派な角を携えた巨大なサイ"いや、違った"枯れた木の枝みたいな角を頭にくっつけたシカさん"が立ちはだかっていた。

私の中で立派な角を携えたヤツがタヌちゃんとワンちゃんをそろって弾き飛ばす自然界の壮絶なシーンが浮かび上がる。しかし、2頭が近づくとヤツはビックリして自転車に乗っている私目掛けてスッ飛んできた。そして、悠長な事考えていた私は"こわい!!!"とよけたはいいが側のドブ川に突っ込んでしまった。

ずぶ濡れで立ち上がると当事者のタヌちゃん、ワンちゃん、シカさんは既に走り去ってどこにもいない。"痛い""冷たい""恐かった"こんな思いを伝える相手もなく、頭に浮かんだ一句。"夏草や兵共が夢のあと"………。
(トレーバー、1998年11月1日)


【もみじ著】
《「うちが火事になったら何を持ち出しますか?」財布?通帳?お宝...?》
私が関西にいた頃、阪神大震災が起り、知り合いの家が焼けて無くなってしまった。多くの人が衣類やら、食料を持って来てくれ助かったと言っていたが、後から言うには、「他のものはまた手に入れられるけど、写真だけはなあー」

最近コマーシャルでふと耳に入ってきた言葉。子供に何が残せるだろうと言う問いに「モノより思い出」と答える。簡単な良く分かっている言葉なのにとても心に残った。

確かに今は景気はもうひとつだが、ある程度不自由はない世の中だ。まだまだブランド物が巷にあふれ、みんな競い合って高価なものを手に入れようとしている。モノを手に入れて果たして心は本当に満たされているんだろうか?

人が本当に大切にしたいものってきっとお金では手に入れられないものだと思う。人との触れ合いや、楽しい思い出がきっとずっとパワーになるはず。私が死ぬ時、きっと好きなものを周りに置きたいとか思わないだろう。楽しかったことや、家族や、ふるさとの景色など思い出すのだろう。

そろそろ梅雨も明け、夏休み。思い出作りの季節です。
(もみじ、1999年7月2日)

《旅の楽しみ》
宮島のお土産といえば何を思い浮かべるだろうか?
伝統工芸のしゃもじ、カキ、鹿の置物...?そう一番有名なのが、もみじ饅頭だろう。

かわいらしいもみじ型のカステラの中にあっさりこしあんが入っているいたってシンプルなお菓子である。今ごろは中身にバリエーションが増え、クリーム、チョコ、チーズなどなど若い人向けに工夫したものがいっぱいある。その上、店によっても味がそれぞれ違うことを宮島に来てから知った。カステラの生地の甘いもの、モチモチしたもの、あんでもここのはつぶあんが美味しいとか、クリームならこことか...。シンプルなお菓子だけに奥も深いのである。

私にとって旅の楽しみの一つは食べ物である。特に甘いものが好きなので、お土産のお菓子はずせない。これから外にいるのが楽しい季節。ぜひいろんなもみじ饅頭をほおばって歩いてみて、自分のお気に入りを見つけてみてはいかがだろうか?それがあなたのいいお土産になるはず。

食いしん坊の独り言でした。
(もみじ、1999年6月6日)

《道草のススメ》
先日友人が訪ねてきたので、宮島を案内した。例にもれず、桟橋から厳島神社へ向かい、続いて五重塔、千畳閣、商店街と中心をぐるりと回った。あとは普通なら水族館や大願寺、もみじ谷公園を抜けてロープウェーで弥山へ上るくらいだろうか。友人も私も歩くのが好きなこと、ちょうど桜が満開だったこともあり、ちょっと観光コースからずれて多宝塔の方へ上って行った。(左写真)下には観光客がうろうろしているのに、そこは数人だけが写真を撮ったりしているだけで、静かで海を見下ろし御花見をするのに絶好だった。都会では考えられない光景で、友人もたいそう喜んでくれた。それから遊歩道をぶらぶらし、街の裏道を歩き、包ヶ浦の方へ散歩した。「宮島ってこんなとこなんだね」と友人は静かで自然がいっぱいの宮島を何か懐かしいというような気分で、満喫して帰った。

旅行へ行くのなら、もちろん観光スポットは見る価値があるだろう。しかし、最近はあまりにもその名所を見ることだけで満足してしまう人が多いのでは?せっかくいつもと違う土地に来たのだから、名所だけではなくその周りの街や自然も見た方が、その場所へ旅しに来た意味があると思う。裏道でその街の生活が見れるかもしれない、誰も知らない自分だけの絶景に出会えるかもしれない、ガイドブックには書いていないすごい見所があるかもしれない...。

昔、学校の帰り道、ただ帰るだけより道からはずれて道草をする方が楽しかった思い出があるはず。せっかく旅をするんだったら、今度は自分にしかできない旅をしてみてことをお勧めする。これからちょうどいい季節、早速新緑のきれいな場所でも探しにぶらり道草してみませんか?
(もみじ、1999年4月5日)


【まッさん著】
《宮島の裏と表》
宮島が過疎地域に指定されて久しい。観光地で、商店街にはお店やホテルが並び、観光客が往来しているのを見ると、「え、本当に?」と思われる人も多いに違いない。ところが、現実は2200人ぐらいの人しか島にいない。

観光地に行くと、名所旧所を訪れ、そこに人が生活者として現実に住んでいることをあまり気にとめない。が、わが身を振り返ると、先日実際この宮島の地で小生の息子が産まれ、色々な人が“宮島”に住んでいることを改めて実感させられたのだ。

ちなみに息子の同級生は15、6人だと聞いた。都会の人はこれを聞いたらびっくりするかもしれない。子供が大人になる過程で、環境も重要な要素だという。だとしたら、宮島で育つということが、どういうふうに影響するのだろうか?

いつか息子が物心が着いた誕生日の時、宮島で過ごした経験はどういうふうに感じたか聞いてみよう。その時は、酒でも酌み交わしながら。
(まっさん、1999年3月1日)