| 津和野旅館組合女性部 | ||||||||||||||
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津和野藩柳村の百姓 吉松仁右衛門は生来実直で義を重んじ情けに厚い人であった。家業に精を出し農耕と共に紙漉きに励み、家運は隆盛を極めていた。 宿の谷の地の庄屋 大庭茂右衛門は仁右衛門の人望とその一家の繁栄を快からず思い、密かに陰謀をめぐらせていた。庄屋は仁右衛門からの上納紙を粗悪品とすり替え不合格としてつき返していたが、仁右衛門がこの事に気づき庄屋に返された紙が間違っている次第を述べ、今一度お改め願いたい旨を申し述べた。しかし庄屋は紙には目もくれず言下に“これがお前の紙だ、ここにはっきりとお前の手で名前が書いてある” 無念の涙を呑んでわが家に帰ってきた翌朝仁右衛門は家族に「上納紙には一枚一枚この白髪を一本あて漉き込んで後日の証拠にしたいと思う」と告げた。元より家族に異存のあろう筈が無かった。かくてまた庄屋の許へこの上納紙を差し出した、しかるにこの上納紙もまた不合格として突き返されて来た、しかも自分の納紙とは似ても似つかぬ粗悪品である。 仁右衛門は怒り必頭に徹し庄屋の門を叩いた。自分の上納紙の証拠として入れた白髪が無い事を述べ庄屋につきつけたが、御上納紙に百姓の汚らわしい髪を漉き込んで収めるなど不届至極と「慎み」の処分を申し渡した。 庄屋は自分の陰謀が知れる事を恐れ大罪を仁右衛門親子になすりつけ処刑斬首となった。斬首寸前 仁右衛門は高く叫んだ、“我は尋常に打たれてやる!庄屋と奉行のため無実の罪で殺されてやるが、この恨み死んでも忘れんぞ、私は死んでも魂はこの世に残ってきっと恨みを晴らしてみせるからそう思え。この恨みで城下を三度丸焼けにしてやるから覚えておけ” その後、津和野には本当に三度の大火が起こった。 |
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